2020年05月10日

母の日に何をしたらよいか

今日は母の日です。プレゼントをあげる人もいるでしょう。

しかし、お金をかけなくとも、感謝の気持ちを伝えることはできます。

一緒に住んでいたり、近所にいる人の場合は、肩もみだったり、家の掃除や家事だったり、あるいは手料理を作るなど色々考えられます。

大神様の教えは、日々感謝の気持ちで通るというものですが、これは、神への感謝だけでなく、身の回りのものへの感謝という意味です。

自分なりに感謝の気持ちが伝わる方法で、何かできれば、それでよいのです。

なお、仕事などでも、自分の部下や後輩に、感謝の気持ちがない人がいます。

給料を貰っているのだから当然どか、そういうのが態度に出ている人がいます。

現実世界の契約上の義務と、神の世界の義務とは違います。

現実世界では、金銭という対価に対して、労働を提供しますが、金銭を与えればOK、仕事をすればOK、というのは根本的に間違っています。

雇用関係などとは別に、人間と人間との関係ですので、そこには、相手がしてくれたことに対する感謝が必要です。

出世したり昇進して行くと、これを忘れる人がいます。

そうすると、遅かれ早かれ、神様から警告だったりお知らせがきます。これを無視すると、手痛いペナルティが来ます。

人間界では成功しても、霊界的にはむしろ降格しているわけです。

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ラベル:母の日
posted by 探求者 at 11:24| Comment(0) | 神の知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月09日

公園で立ちションする若者

先日、早朝に公園に行くと、若者2人がマスクをせず、ベンチに座って話していました。おそらく、夜通し、そこで話していたのでしょう。

自粛ムードの中、店などもやっていないので、公園で集まってストレス解消といったところでしょうか。

広い公園といっても、周囲に住宅もあるので、声が響きそうなものですし、オンライン飲み会でもやれよと心の中でツッコミを入れました。

すると、あろうことか、その2人は、そこで、立ちションを始めたのです。

人間として、最低限、何をしてよくて、何をしてはいけないか、全く理解していないようです。

ところで、屋外で立ちションなどをすると、土地の神様の祟りで、後で不幸が襲ってくることが少なくありません。

そもそもそのようなことをする人たちは、信じないのでしょうが、それこそ、後で下の病気になったりしかねません。

その時になって、何が原因なのだろうと考えても、答えには行き着かないでしょう。

各土地には、土地の神様がいらっしゃり、土地を汚せば、神の祟りがあります。

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posted by 探求者 at 21:05| Comment(0) | 土地の神 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月08日

全部ゲームに変えるマインド

多くの人が、1日のうち、何時間か、ひどいとほどんど、気が進まないことをしています。

こうした状態は、よくありません。やる気がない状態で何かに取り組むと、生産性が落ちますし、健康にも良くありません。

どんなことでも、ゲームのように楽しんでやる思考をとると、毎日面白くなります。

仕事など、気が進まなくてもどうしてもやらなければいけないこともありますが、いかに効率よくやるか、素早くやるかという枠組みを導入すれば、ゲーム的要素が出て来ます。

また、人間は似たような作業をしていると退屈してきますので、ある作業がつまらなくなってきたら、他の作業を並行してやったり順番を変えるなど工夫し、できるだけ一つの作業にやる気をもって取り組めるようにすると、全体の効率が上がります。

これとは全く種類の違う話ですが、新型コロナウイルスで鬱状態の人もいるかもしれませんが、これも、人生をゲームのように考えれば、脱却できます。

鬱になるのは、仕事なり、生活なり、先行きが見通せないからです。過去の状態と比較したり、他人と比較して、現状や将来をマイナスに捉えるので、気分が落ち込むのです。

しかし、落ち込んだり、やけになったところで、何の得もありません。いっそ死にたいと思う方もいるかもしれませんが、死んだところで、地獄で苦しむだけなので、かえって辛くなります。

ではどうするか?

比較する対象が間違っているのです。

人生は魂の修行ですから、何が起こるかなどわかりません。目の前にどんどん困難が来ますが、いちいちビビっていたら、修行になりません。

修行の設定は人それぞれです。過去の自分や他人が、今のあなたからみて、羨ましく思えても意味がありません。

収入が幾らだったとか、地位がどうだったとか、全く関係ないし、役に立ちません。

何かと比較して、今の自分は上か下かを機にするなら、魂のランクを気にした方がいいです。

大神様は決してそのようなことは言いませんし、魂の修行は競争ではないので、本来は、そのような考え方もしない方がいいのですが、しかし、多くの現代人にとって、役に立つ考え方は、魂のランクという考えです。

多くの人は見栄を気にします。他人と比較します。

それなら、いっそのこと、魂のランクを気にすればいいのです。

究極的には、魂の修行が評価され、来世以降の場所が決まります。事実上、魂のランクが問題になります。

一定水準以上にならないといけない世界はあるわけで、魂のランクが足りなければ、いつまでも低層をぐるぐる回ることになります。

何百回と輪廻転生する中で、何回かの人生で金持ちになったところで、だからどうしたということになります。いつまでもレベルの低いところでぐるぐる回っているのは正直、腕が悪いというか、不器用というか、あまりセンスがない感じがします。

大神様の教えにより覚醒し、早く修行をクリアできれば、魂の素質がある感じがします。

人生というのは、魂の修行というゲーム、何が起きても楽しんでクリアする、という考え方でいれば、人生、楽しくあっという間に終わってしまいます。

評価が問題となるのは、最後の神の評価です。他人があなたをどう思うかは、はっきり言って、どうでもいいことです。

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ラベル:魂のランク
posted by 探求者 at 19:21| Comment(0) | 精神 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする